おきなわいち


上地哲の沖縄事典 (おきなわ自転?)
by UECHI
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嵐のようなひと月

 この10月は息つく暇のない月だった。職場では9月末の台風17号の片付けに始まり、南城市まつり、クーペ&Shifoくるくまコンサート、沖縄県の産業まつり。道場の空手の演武や大会が続いた。合間を縫って、全国連の審査委員会、父の七七忌や後処理、母の入院のことなど、全てにおいて時間がなく中途半端に終わった感が残る。もちろん自分の家のことなど何一つ手つかずで台風後の後片付けすらまだである。そろそろ涼しくなってきたが、このまま冬になってしまいそうで、焦る。
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# by s.t.uechi | 2012-10-29 12:54 | private

台風一過

台風の長期滞在の間、ろうそくとラジオで過ごす。
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後片付けの後に迎えた中秋の名月。
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十五夜のエイサー。住まいの近くのコンビニ前。
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# by s.t.uechi | 2012-10-03 22:56 | 沖縄事典

台風の爪痕

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台風17号は沖縄にも大きな被害をもたらした。
くるくまでは、レストラン「カフェくるくま」の海側の窓の防風用ベニヤ板が全て飛ばされ、窓ガラスが3枚破壊された。防風が店内を吹き荒れ、椅子テーブルは散乱、床も水浸しで無惨な状態。屋根も一部が破損。
薬木園のエントランス鉄骨屋根が押しつぶされて倒壊。撤去作業に丸一日を費やした。
しかし、片付けが終わっても電気が復旧せず営業ができない状態が月曜日まで続いた。
深刻な被害であった。
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# by s.t.uechi | 2012-10-03 22:45 | 沖縄事典

玉城城(たまぐすくぐすく)

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 沖縄で最も古い城(グスク)という説もある、天孫氏アマミクか、その子孫が築城したとも云われ、主郭(一の郭)城門が天然の一枚岩に開いた穴になっているのが特徴。その門を通して、真東に神の島久高島を遥拝できる。何とも不思議な形状の門と、アマミクが最初に降臨したとされる久高島との位置関係が興味深い。
 私は少なくとも5か所で御願所(ウガンジュ)を見つけ拝礼した。三の郭跡らしきところに一つ、主郭へ昇る途中にひとかたまりの三つの祠の御願所、そして主郭の中で3か所の御願所があった。
 一の郭の城壁は所々崩れているが、良く残っている方だ。二の郭と三の郭の石垣は基礎部分が散見できるのみで、沖縄戦で破壊された上に戦後アメリカ軍によって基地建設の資材として運び出されたという。アメリカという国が異文化の尊厳を大事にしないのは昔も今も同じか。
 伝承されたしきたりでは、東御廻(アガリウマーイ)という聖地巡礼の最後に拝む所だという。
 築城年は不明とされ、600年~800年前とも、1000年前とも云われるが、研究者の成果を待ちたい。ただ、戦略拠点としての城塞というより天上の神と交信する拝所と見た方が合点がいく。
 ウートートゥ。
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# by s.t.uechi | 2012-09-19 17:25 | 沖縄事典

ノニとウコンの花 in CURCUMA

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くるくまの森に咲くノニの小さな花と若い果実、秋に白い花を咲かせる秋ウコン。
超大型の台風16号サンバの猛威をしのげるか、くるくまの森を守れるか。
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# by s.t.uechi | 2012-09-14 09:29 | 沖縄事典

また台風が沖縄を狙っている

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f0014164_1393598.jpg くるくまの森は今日も快晴なのに、台風16号が週末を狙って接近中!どんどん成長するこの台風、大型化しそうである。
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# by s.t.uechi | 2012-09-12 13:10 | 沖縄事典

父、上地勇光逝く

8月29日午後3時10分、上地勇光享年84歳(満83歳)死亡。
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1929年10月1日沖縄県読谷村字儀間に生まれる。県立農林学校在学中、沖縄戦に遭遇、鉄血勤皇隊として召集されたが生き残った。終戦直後の中学校で英語の臨時教員、その後、米軍情報部隊、琉球税関、大蔵省研修生、二葉通関事務所開設、大栄空輸㈱設立、初代社長、会長。リタイア後はほとんどの時間を病気との闘いに費やした。
やっと闘病生活から解放されて息を引き取ったその顔は実に穏やかな表情をしていた。ほっとしたような、微笑んでいるかのようにさへ見える。長い間苦しかったろう、きつかっただろうと思う。父の人生はご苦労ばかりだったのだと思われる。そんな人生の中で、時々訪れたであろう幸せな時間は、どんな時で、どれくらいの時間だったのだろうか。そんなことを考えながら、遺体と過ごす夜。
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# by s.t.uechi | 2012-09-01 17:09 | private

いらぶスープの素

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 東京で沖縄屋を始めた20年前頃、イラブの燻製を買いに来た某テレビ局からイラブ汁を作ってくれる料理やを紹介してほしいとの依頼を受けた。都内の沖縄料理店をいくつか紹介した。放送日前日になってディレクターが、全ての店に断られたから何とかならないかと泣きついてきた。何軒かに電話を入れてみたが、あんな手間ひまかかる料理は作れないと言う。こうなったら自分で作るしかない。
 沖縄の知人に教えを乞い、午後から材料の調達に動いた。てびち(豚足)、昆布、大根、人参などの食材、大鍋2個、タワシなどを揃えて夕方から調理開始。
 まず燻製のイラブをお湯をかけながらタワシでゴシゴシ、燻製の煤を落とす(この作業が意外と時間を要した)。茶色の肌が顕れたら、鍋で茹でる。別の鍋でてびちを湯がく。てびちは茹でこぼして油分を取っておく。イラブが柔らかくなったら取り出して5cm程の大きさにぶつ切りにする。イラブの棘をピンセットで抜く(この作業も時間がかかる)。イラブを茹でたお湯でできたスープを木綿などで濾して残った煤などを取り除く。このスープが「イラブシンジ」というエキスである。これに昆布、茹でたてびち、大根、人参などを入れ、海水塩で味付け、てびちがトロトロに柔らかくなるまで煮込む。
 一連の工程で、仕上がったのは朝になっていた。味見をした。「旨い!」思わず声が出た。これほどまでとは思わなかったが、何とも言えぬおいしさなのだ。琉球の国王が病気をした時などに食したとされることが頷ける。高価な輸出品でもあったと聞く。さもありなん。徹夜の疲れが見る見る取れて、体全体に精気がみなぎる感じがした。
 テレビ局のアシスタントディレクターが料理を受け取りに来た。鍋ごと渡した。放送時間を楽しみに待った。放送開始。いろいろな国の蛇料理が紹介され、いよいよ沖縄のイラブ汁の番、どんぶりを覗いた山瀬まみが一言、「キャー、気持ち悪い!」・・・、それからイラブ汁はスタジオの誰にも食されることなく放送は終了した。
 あれから何度かイラブ汁を食する機会があったが、自分が作ったものが一番おいしかったと、今でも思う。そんなイラブ汁の味を簡単に作れる方法を考えたら、これがあった。イラブ粉である。イラブ100%の品である。
 昆布でだしを取ったスープにイラブ粉を加えて塩で味付け、鶏手羽と大根を入れて煮た。20分ほどで完成。何とも簡単においしいイラブスープができた。旨い!温かいスープが胃に届き、全身にイラブのエキスが染み渡り、疲れた身体が癒されるようだ。
 商品化にあたって成分分析をかけると、これまた驚きの結果が出た。豊富な必須アミノ酸に加え、コラーゲンの素となるプロリン、グリシン、ヒドロキシプロリンが多く、またエネルギー源で旨味成分のグルタミン酸やアスパラギン酸も多く含まれていることが分かった。さすが琉球の国王御用達の食材である。
 健康食材の王様だと思う。
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問い合わせは、0120-118930、または http://118930.com/ までどうぞ。
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# by s.t.uechi | 2012-08-17 10:54 | 沖縄事典

母と父の入院

 7月9日母が脳内出血で那覇空港から救急入院。出血は止まったものの右半身の麻痺と言語障害が出た。今も那覇市内の病院にいるが、リハビリ治療に移ることになり現在転院先を調整中。しっかり者の母は、リハビリも頑張っている。一定程度の回復は期待できる。
 実家近くの医療介護施設に入っていた父は7月18日熱が治まらず救急車で総合病院に入院。肺ガンに肺炎と診断されたが、父の体力では治療が無理と判断、27日介護施設に戻った。また熱が出て、8月6日主治医と面談、ガン治療で総合病院に入院することは止めることを確認。このまま様子を見ることにした。今できることは、フコイダンを与えて経過観察していくことだけ。主治医は、母が退院できるまで持たせたいと言っていた。姉たちには、覚悟をしておく必要があると話した。
 母のはまだわからないが、父の入院費と施設の費用で予想外の出費となった。かなりきつい。これからしばらくは厳しい日々が続きそうだ。
 救いは明るく働き続ける妻と県外で頑張る子供たちだ。自分も明るくいたい。

 母の見舞いの帰り、漫湖に架かる「はりゅう橋」から那覇大橋を望む。
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 母の入院する病院
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# by s.t.uechi | 2012-08-15 22:51 | private

知念岬から久高島を望む

知念岬から久高島を遥拝する
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知念半島の突端、知念岬
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# by s.t.uechi | 2012-07-31 12:50 | 沖縄事典