おきなわいち


上地哲の沖縄事典 (おきなわ自転?)
by UECHI
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3000年前の琉球

 くるくまの森にある「下上原貝塚」。およそ3000年前の縄文時代のものと言われている。ここからは太平洋に浮かぶ久高島を望むことができる。
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 貝塚は、ここに集落があり、人々の生活が存在したことの証である。海が近いとは言え、標高150m以上の高台である。地殻変動で隆起したのか、元々高いところに集落を構えたのか、その理由は何か、空想が広がる。3000年前と言えば中国では周の時代・・・・・。
 中国の2000年前に王充が著した歴史書「論衡」に「周時天下太平 倭人來獻鬯草」「成王時 越裳獻雉 倭人貢鬯」とある。また、同時代班固が書いた『漢書』地理志によると、倭とは「朝鮮半島の南の海のかなたにある」と書いており、『論衡』では、倭は中国の南の呉越地方(揚子江の下流域の南付近)と関連する地域としている。両方の重なる地域は琉球列島になる。当時、少なくとも3000年前の周の時代、倭は九州でもなく、近畿地方でもなく、琉球地方であると認識されていたことになる。また、「鬯草」とは鬱金(ウコン、読みはウーヂン)とされている。酒につける香りのよい草であるということは、香りの無い秋ウコンの葉ではなく、香り高い春ウコン(クルクマ・アロマティカ)であろう。倭=琉球から周の盛王に貢がれた鬯草(香草)は、琉球にのみ自生していたウッチン(春ウコン=キョウオウ)で、鬱金の字が当てられたのではないかと推察される。
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春うっちん畑と知念のうっちん発祥の碑。
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by s.t.uechi | 2012-11-29 08:02 | 沖縄事典

北京の友人たち

 先週の産業まつりに合わせて北京から3名の友人たちが来沖、数年ぶりの再会を楽しんだ。
もちろん中心人物は、長嶺佳治氏。今年36歳になる物流貿易会社の若き経営者である。彼の紹介で数年前に知り合った王氏、黄氏とも長嶺氏とは同業者。ともに北京を拠点に事業を展開している。この3人、お互いを兄弟と呼び合って、仕事上でも助け合う関係だという。数年前に初めて紹介された時と変わらない雰囲気は、まるで三国志の世界である。
 日中関係が取りざたされるこの頃だが、彼の国で生きるのも同じ人間。何の違いがあろうか。きな臭い政治に惑わされない人間関係こそ何より大切なものである。
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黄氏、長嶺氏、王氏(左から)










酔いが回り、腕相撲で競い合う王氏と長嶺氏
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by s.t.uechi | 2012-11-04 13:45 | 沖縄事典