おきなわいち


上地哲の沖縄事典 (おきなわ自転?)
by UECHI
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<   2010年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧


南米帰りの“コモスス・ベイケリ”

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 毎年花をつけるようになったコモスス・ベイケリ。松ぽっくりのような形の赤い苞から、ぽっこり黄色い花を出した姿はちょっとだけ異様。花の名前を教えてくれたのはデザイナーの豊島さん。中南米原産の花とのこと。沖縄では通年咲くこともあるという。
 沖縄には中南米原産の草木がたくさんある。沖縄市にある街路樹で「イッペー通り」に咲くイッペーも南米原産。私の住む読谷村の花木はこのイッペーで、村花のブーゲンビリアも南米原産である。プルメリアやハイビスカスもそうだったと思う。
 花だけでなく、米州の南北大陸との関係は歴史的人的な交流も長く深い。貧しい沖縄から新天地を求め太平洋を越えた移民の歴史は100年を超えた。移民からすでに4世5世の時代になっている。この間多くの人たちが彼の地の文化や植物を沖縄にもたらした。向こうで成功した人も成功できなかった人も、島の人たちは「南米帰り」として「おかえり」と言ってあたたかく迎え入れた。きれいな花や木や珍しい食べ物などとともに。
 戦後、沖縄に進駐した米軍とともに沖縄にやってきた中南米出身の軍人軍属やフィリピン人が、沖縄の文化風土に郷愁を感じたと聞いたことがある。ラテンのノリだけでなく、故郷と同じ花にホッとしたのかもしれない。

 赤黄色 コモススベイケリ ラテン色
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by s.t.uechi | 2010-12-23 23:25 | 沖縄事典

金武湾の“金色の道”

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 宜野座村からの帰り道、国道329号線を南下、金武町からうるま市石川へ向かう途中、金武湾に浮かぶ夕日へ伸びる「金色の道」が目に飛び込んできた。
 いろいろな意味で打ちひしがれていた気分を、ちょっとだけリフレッシュさせてくれる、一服の清涼剤のような光景に出会えた冬至の夕陽。
 この海が埋め立てられなくて良かったと、三十数年前に思いを馳せた。

 金武湾に 金色の道 冬至の陽
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by s.t.uechi | 2010-12-22 22:15 | 沖縄事典

月を取る

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蒼い夜空に輝く十五夜の月(上)と水溜りに映った月(下)
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この月は取れなかった(下)
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 今夜は陰暦の霜月十五夜、丸い月が雨上がりの夜空に、煌々と照っている。
 妻が階段の踊り場で丸く白く光るものを拾おうとした。それは水溜まりに写ってる十五夜の丸い月だと気づいて、大笑いした。

 蒼天の 月に化かされ ダイヤかと
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by s.t.uechi | 2010-12-20 22:27 | 沖縄事典

老眼鏡?

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 愛犬フルークはもうすぐ14才になる。私達一家が東京から沖縄に越してきた年に家族の一員になった。いつもこの子が私達一家を癒してくれた。一生懸命遊び、様々な芸を見せて、おちゃめな表情でみんなを和ませてくれた。
 腹に8つの癌が見つかって四年になる。一時はすっかり元気がなくなり歩くのもやっとの状態だったのが、二年前からフコイダンを毎日与えたおかげですっかり元気になった。耳も聞こえないし、目も片目は見えにくいようだが、よく走り、よく吠えている。
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by s.t.uechi | 2010-12-19 20:50 | 沖縄事典

時計草 ~ パッションフルーツの花

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 今年は2階のバルコニーで初めて鉢植えのパッションフルーツの花が咲いた。すでに潮風で枯れてはしまったが、めずらしい形の花が4輪ほど咲いた。時計草と言うだけあって、化弁や雌蕊や雄蕊がの配置が時計の文字盤と針のようで面白い。
 パッションフルーツと言えば南国のイメージだが、この花を初めて見たのは東京である。20年も前になるが、今ではスカイツリーの足元になる墨田区の横川で、「沖縄屋」という沖縄物産の専門店を開いていた。その隣の家の軒先にその花は咲いていた。その家の奥さんが教えてくれた名前が「時計草」と言ったので印象に強く残っている。だがその時は沖縄に自生しているパッションフルーツの実とは結びつかなかった。
 先月訪問した石垣島の川平ファームではジュースやジャムの商品化が成功し、今ではフィリピンの農場でも栽培しているという。
 来年は実がなるまで育ってくれることを期待したい。

 陽を慕い 甘き実を生む 時計草
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by s.t.uechi | 2010-12-13 22:31 | 地域

読谷・残波の海

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 久しぶりに犬を連れて海へ来た。宇座の浜から残波岬へ向かう途中の岩場で、海風とお日様が心地よく肌に浸みる。海の底が透けて見える。
 どれくらい昔なのか知らないが、切り出された岩の跡が見える。沖縄戦で亡くなった祖父も、海岸から切り出された岩を馬車で運んでいたと聞いたことがある。その祖父も馬も、いっしょに日本軍に徴用されて沖縄戦最後の激戦地糸満で最期を迎えたという。今、目の前にしているこの海からアメリカ軍の沖縄本島上陸が4月1日に始まり、亡くなる6月末頃までの3ヶ月の間戦場をさまよい、銃さへ持たぬ日本兵として米軍の手榴弾で殺された。
 アダンの葉で編んだ帽子を扱う商売もして、歌三線が大好きだったという祖父。きっとこの海で、帽子編みの女の子たちと、“モウアシビ”で歌垣を楽しみ、三線を奏で歌い踊っていた平和の時もあったに違いない。
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by s.t.uechi | 2010-12-12 14:19 | 地域

那覇マラソン

 いきなりマラソン初挑戦。と言っても半分(ハーフ)だけだけど。全く練習も無しでのぶっつけ本番。10kでリタイヤの予定が沿道の応援に励まされ、中間点の平和祈念公園までたどり着けた。一番の感銘は応援の皆さん、スタッフの皆さんの物心両面のサポートだった。ありがとうございました。これがあるから遠いところからも何度も参加されるのだろうと思った。那覇から南風原、東風平、具志頭、糸満と行くにつれ沿道の応援の皆さんの差し出す、水、黒糖、バナナ、ミカン、氷などなど、気持ちの温かさが増していくようだった。
 沿道で何人か知り合いに声をかけてもらった。スタート地点近くでは、元大琉球祭スタッフで那覇市議として活躍中の屋良栄作君、南風原で元日本アドバンストシステムの方、平和祈念公園では、同じく大琉球祭スタッフで元東京沖縄県人会青年部のクボタ君と寿子さん、どうもありがとうございました。
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 それにしても足が痛い!筋肉パンパンでもう一歩も前に出ない。明日はまともに歩けるのか?
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by s.t.uechi | 2010-12-05 21:31 | 沖縄事典