おきなわいち


上地哲の沖縄事典 (おきなわ自転?)
by UECHI
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<   2010年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧


読谷ユビキタス村づくり始動!

 3年間、読谷村はあきらめることなく、自分たちのユビキタス村づくりを目指してきた。まだ端緒についたばかりだが、どこにもない「訪れて好し、住んで良し」のユビキタス村づくりが動き出したことを喜びたい。
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<沖縄タイムス>
読谷村 ユビキタス導入 観光・店舗情報提供
県内自治体初 商工会や沖国大生ら連携
【読谷】読谷村は8月1日から、ユビキタスシステムを導入する。村内の観光施設や店舗の情報を、ユビキタスコミュニケータ(端末)や携帯電話を通して提供するもので、県内自治体では初の試み。村観光協会や商工会、沖縄国際大学の学生らがシステム作りにかかわっており、産官学が連携した取り組みは全国でも例がないという。30日、石嶺傳實村長らが発表した。
 同システムは、観光客を増やし村内での周遊性向上、地域経済活性化などを目指して導入。総務省の「地域情報通信技術利活用推進交付金」に村の予算を加えた約5000万円をかけ実現した。
 端末を持って村内を回ると現在地周辺の情報を、写真や動画、音声で自動的に得られる。観光施設や史跡、飲食店など約100カ所のコンテンツやイベント情報を発信。日本語、沖縄方言、英語、フランス語で案内するほか、同村に関するクイズも楽しめる。
 村のコミュニティーバス「鳳(おおとり)バス」のバス停や観光施設の案内板に設置されたQRコードを読み取り、携帯電話で情報を得ることも可能だ。
 会見で石嶺村長は「ユビキタスシステムが新たな地域振興、産業発展につながると喜んでいる」と期待した。
 開発に取り組んだ読谷村ユビキタス村づくり協議会の小平武会長(村観光協会長)は「さまざまな分野で活用できるよう事業展開していく」と抱負を語った。
 端末は、同村高志保の観光施設「むら咲むら」で午前9時から午後5時まで貸し出しており、料金は一人500円。35台用意している。
 問い合わせは「むら咲むら」、電話098(958)1111。


<琉球新報>
読谷村くまなく案内 端末で村内情報提供2010年7月31日  
【読谷】行政、団体、地元企業、大学などで組織する読谷村ユビキタス村づくり協議会(会長・小平武村観光協会会長)は8月1日から、村内60カ所に設置した電波装置から村内のさまざまな情報を端末に発信する読谷ユビキタスガイドシステムを稼働させる。500円で貸し出す端末を持って村内を巡ると、現地の観光地や店舗など約100件の情報が音声や写真、動画などで自動配信される仕組み。同協議会によると、自治体全域で産官学によるユビキタスシステムを本格稼働させるのは同村が全国で初めて。
 協議会ではこのシステムで読谷村での観光客滞在と回遊性促進を図り、バス停に電波装置を設置していることで利便性を向上させてコミュニティーバスの利用拡大につなげる考えだ。各店舗がインターネット経由で自由に情報を更新できるため、特売や催し情報など利用者を飽きさせない情報提供を維持していく。
 同協議会は2009年11月に発足し、総務省の交付金約2990万円と村予算2千万円の計約4990万円で構築した。情報内容の作成は沖縄国際大学の17人の学生が担当した。
 端末は同村高志保の「体験王国むら咲むら」で午前9時から午後5時まで500円で貸し出す。日本語、沖縄方言、英語、フランス語が選べ、携帯電話でもQRコードで情報を入手できる。
 年間6千人の利用を見込み、貸出料と支援者からの資金援助で運営を維持する考えだ。
 記者会見で石嶺伝実村長は「村内の自然、文化財、祭り、観光施設など丸ごとの読谷村を産業として振興するという村の目指す方向性をユビキタスシステムが支援してくれる」と稼働を喜んだ。
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by s.t.uechi | 2010-07-31 13:18 | ユビキタスネットワーキング

米軍ヘリ墜落から6年の沖国大

 来月の13日で墜落事故から6年目になる。
f0014164_1430862.jpg 焼け爛れた木が当時のままモニュメントとして残る。建て替えられきれいになった本館の前に咲くプリメイラの花は陽の光に輝いていた。モニュメントの傍には当時の焼け跡を写真パネルで残してある。f0014164_14303289.jpg
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当時の模様は沖国大のホームページに紹介されている。(現場写真は宜野湾市消防本部の撮影による)
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 危険性は無くなったわけではない。また、危険なのは普天間基地だけではない。アフガニスタンやイラクで日々殺戮が繰り返され、その状況を維持するために沖縄で繰り広げられる軍事演習がある。沖縄に駐留する海兵隊は半年毎に中東と入れ替わるという。「東アジアの安全保障のため」という看板を掲げている米軍や日本政府にとっては、中東もまた「東アジア」の範疇に入るということか。
 今でも嘉手納基地の米軍機は自宅の真上を通過する。パイロットの顔が見えるほどの超低空で轟音を響かせ家を震わせて何度も通過する。彼らには一切の協定も飛行ルートの設定も無関係だ。
 50年前の当時の石川市の宮森小学校へ墜落し17人の命を奪った米軍戦闘機の墜落事故当時、5歳だった私は事故の翌日親戚の安否を確かめに祖母と現場へ行った。まだ煙の燻るキナ臭い


















小学校の様子は今でも忘れられない。
中2の時のB52の爆発炎上の恐怖は今も記憶に鮮明だ。1968年嘉手納基地で墜落したB52戦略爆撃機はベトナムで落とす予定の爆弾を満載していた。数百メートル先には核兵器や毒ガスが貯蔵されていた弾薬庫があり、一歩間違えれば沖縄は確実に地上から消えてなくなっていただろう。爆音に起こされた未明の恐怖は、忘れられない。ただ、この爆弾で殺されたかもしれない多くのベトナム人が助かったと思うこともある。
 高3の時の毒ガスが校庭を襲った時の恐怖も、ベトナムの人たちの日々の恐怖の僅かな一端でしかなかったことも、子供ながらに私たちは“実感”していた。
 そして今、非戦闘員の非武装の人たちが当たり前に殺されるアフガンやの人たちの恐怖と怒りへも、思いを馳せることはできる。それができない日本政府や多くの日本人は沖縄に基地を固定化する理由を「“安保”で自分たちが守られているんだ」と思い込み、しかたないと言う。「沖縄だって、ほんとは基地があるからお金がもらえるんだから」と平気で言う。
 「思いやり」という日本語はとても美しい優しい言葉で、他人(ひと)に対して、自分の“思い”を遣る、相手の身になる、という素敵な日本の思想だ。それが失われた現代の政治や世相は、あまりにも悲しい。米軍の沖縄や日本国内での駐留に関わる費用は「思いやり予算」と言われ、国民の税金でまかなわれている。殺す側への「思いやり」があり、殺される側への「思いやり」は微塵もない。 
 沖国大の6年前の惨劇は、沖縄で過去にも繰り返されてきた、いつどこで起こってもおかしくない事故である。
 日本政府と国民の大半は、今後も沖縄は基地と共存するべきと考えている。この大きな温度差は長い歴史の中でも、一向に埋まらない。悲しい現実である。
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by s.t.uechi | 2010-07-13 21:20 | 沖縄事典

アメリカ・ジョージア州の上地流空手道

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 うるま修武館のマイケル先生が、アメリカのジョージア州のYMCAで上地流を教えているSal先生をお連れした。先生は見ての通りの巨漢だが、子供たちにも気さくに話しかける優しい方だ。ちなみに体重は145kgとのこと。長く柔術をされているらしい。
 上地流空手もご自身で研究しているが、アメリカでは直接沖縄から学ぶことも少なくなって、アメリカンスタイルに変質してきているものもあるとのことで、沖縄でいろいろと勉強するために来沖したと言う。
 人から人へと伝えられる空手も、伝える師匠から離れてしまうと変質するのかもしれない。上地完文先生、上地完英先生が伝えた空手を、私は沖縄では新城清優先生、東京では下地康夫先生に学んだ。新城先生は亡くなられたし、下地先生とも距離的に離れているが、お二人がわが師であることに変わりはない。そのように伝えられていくのが伝統なのだろうと思う。私は誰に上地流の伝統を伝えきれるだろうか。
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by s.t.uechi | 2010-07-10 20:45 | 空手