おきなわいち


上地哲の沖縄事典 (おきなわ自転?)
by UECHI
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上地流系空手道連合会少年少女組手選手権大会

 第4回上地流系空手道連合会の少年少女組手大会が沖縄市武道館で開催された。所属する上地流空手道連盟からの呼びかけで、私の道場から小学生から中学生まで五人がエントリーした。四人が入賞、一人が努力賞という結果は、まずまず子供たちに良い結果で今後の刺激となった。
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 役員の方に聞いたら、次回からはルールを変えると言う。現在のルールが胴防具と拳サポーター、男子が金的防護のファールカップ着用で、胴への直接打撃のみ有効で、頭部、下半身への直接打撃は禁止されている。新しいルールは、学校関係で採用されている全空連ルールに近づけるとのこと。頭部も防具着用となるらしい。とにかく怪我をしないようにさせたいとのことであった。道場主の中には上地流系の大会は危ないから出さないという先生もいるとのことであった。
 そこで、いつも「空手とは?」という疑問が起こる。空手は競技か、格闘技か、護身武術かという、根本的なとらえ方の違いである。それぞれの「空手」がある。同じ言葉ながら内容はまるで違う。では、「上地流空手」でも同じように違いがあっていいのだろうか?つまり、「上地流空手」とは何か?という原点を問う疑問が、それを標榜する上地流空手家に投げかけられていると思う。
 私は上地流を学び始めた40年前から、サンチン、小手鍛え、自由組手などの鍛錬中心の稽古が上地流の真髄だと教えられてきた。打たれ強さを身につけることで、自由組手でのいかなる打撃にも耐えて、相手を倒すことができるのだと教えられた。上地流は、叩かれること、蹴られることが前提の武術で、「痛い」のと「耐える」のが当たり前であった。「空手に先手なし」「受けから始まる武道」「打たれ強さ、叩かれ強さ」を信条とする護身の武術だと習ってきた。当たり前のことだが、私は「上地流空手道」の創始者ではない。だから、教えられたこと、伝えられたことを、できる限りそのまま、弟子たちには伝えたいし、伝えなければならないと思っている。それが伝統というものではないだろうか。もちろん、どう伝えるかは工夫や解りやすさが必要であることは言うまでもない。
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by s.t.uechi | 2010-11-28 22:00 | 空手
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